2016年6月7日火曜日
岡本太郎さんが芸術を爆発させた切り替えの方法
何か作業をしていて、スムーズに進んでいるときはいいですけど、なかなかずっとうまくは続かないんじゃないかと思います。
うまくいかないときに、気分転換をして同じ作業を続けるという手もありますけど、作業のほうを変えちゃうというのも、いいのかもしれません。
NHKの「知恵泉」という番組で、岡本太郎さんの特集をしていたことがありました。
万博のエピソードから、太郎さんは評価された絵の上に別の絵を描いちゃうという話なんかも出てきました。
その中でおもしろいと思ったのが、太郎さんは家で3つの場所を移動しながら創作活動をしていたということでした。
当然いちばんメインはアトリエなんですけど、そこで絵を描いていて行き詰まると、庭で彫刻を始める。
彫刻の手が進まなくなると、部屋で執筆を始めたそうなんです。
岡本さんだって芸術の仕事を長年やっていたら、つねに芸術がバクハツとはいかないかと思います。
そんな中で見つけた切り替えの方法なのかなと思うと、そういう方法を知れてうれしい気がします。
でも、せっかく描いた絵の上に別の絵を描いちゃうのは、さすがにもったいようにも思います。
2016年6月6日月曜日
影ながら江戸川を応援している
スポーツなんかで好きなチームや選手を熱心に応援するひとがいる。
人間ならみんな、誰かを応援したくなる心理みたいなものを持っているのかもしれない。
DNAに組み込まれちゃってる感じで。
応援してるひとが負けたときは、怒るひと、悲しむひと、暖かい感じで受け入れるひとなど反応がバラバラ。
このへんはDNAには組み込まれてはいないんだろうか。
江戸川の横の土手を歩くことがけっこうあるんだけど、所々、川が細くなってる部分がある。
なかには、ちょっと勢いがついたら川が止まっちゃうかもと心配になる場所も。
上葛飾橋という橋の下もひどくて、陸地がどんどん出っ張ってきて島みたいになってる。
何年か前まで、そこは普段は水にかくれていて、ときどき砂地が出てくるぐらいだった。
一度、砂地におじさんがいて、服を脱いでパンツ一丁で川に入っていったのを見たことがある。
ひょっとしたら人生にサヨナラするのかなと思ったけど、おじさんはすぐ戻って服を着ていた。
けっこう寒い時期だったので水も冷たかったと思う。
そんなおじさんとの思い出の砂地が、あっという間に木や草でいっぱいの島になっちゃった。
川が止まったら悲しいので、がんばって水が増えてくれと思う。
パンツ一丁のおじさんのためにも。
僕が応援してもムダだと思うけど、DNAに組み込まれているからしょうがない。
2016年6月5日日曜日
ひとりで将棋を指そうとしたらメールが来た日
ぜんぜん下手なんだけど、夜、テレビを見ながらひとりで将棋を指すことがある。
自分Aと自分Bの対戦。
前にアメリカでコンサート・フォー・サンディ・リリーフというのがあった。
調べてみたら、2012年の12月だったみたい。
ハリケーンの被害者を救済するためのチャリティ・コンサート。
日本でもCSで放送されるというので、僕はこれを見ながら1時間ぐらい将棋を指そうと思った。
いきなりブルース・スプリングスティーンが出てきて、さらにボンジョビも登場して一緒に「ボーン・トゥ・ラン」を唄ってるときに、ケータイにメールが来た。
知り合いのおじさんからだった。
さっさと返信して将棋をしようと思ったんだけど、なぜかメールが送れない。
そのケータイから自分のPCにメールしてみたら、それもできないから、きっと僕のケータイがおかしいのだろう。
テレビではピンクフロイドのひとが唄っていたけど、それどころではなくなってきた。
ネットで調べてみても、どうすればケータイを直せるか分からなかった。
電話をかけてみたら普通につながったので、おじさんとの用事は済んだ。
そもそも、たいした用事じゃなかったし。
問題はメールを送れない件なんだけど、いったん電源を切って、また入れたらメールを送れるようになっていた。
よく分からないけど、解決したみたい。
いったん引っ込んだボンジョビがまた出てきて唄ってるのを見ながら、僕はホッとしていた。
将棋はできなかった。
2016年6月4日土曜日
イメージするときは食べ物を買えない自分とかは考えない
願いを実現するのにイメージの力は大きいらしい。
具体的に細かくイメージするほど実現しやすいとか、そんなことをよく聞く。
やっかいなのは、潜在意識が肯定と否定を区別できない点。
「こうなったらイヤだな」とイメージしてたら、それが実現しちゃうという。
恐ろしいイメージのパワー。
僕がよく歩くコースの途中に、坂川という川がある。
この川は幅が広い部分もあるけど、一部かなり細くなってるところがある。
わりと水がキレイで、コイなんかが泳いでる。
川の幅が細い部分なら、手でコイを捕まえられるんじゃないかとも思える。
僕は今でも十分にビンボーだけど、ほんとにお金がなくなって食べ物を買えなくなったら、ここにコイを捕まえにこようとか思ったりする。。
でも、イメージしたら実現しちゃう。
お金がなくなってコイをつかまえてる自分になっちゃう。
それはダメだと思って、マグロとかに置き換えてみる。
できるだけ高級なマグロ。
松方弘樹さんに釣られちゃって何百万とかで買われちゃうようなマグロがいいけど、マグロの細かいところはよく分からない。
しょうがないから、自分なりのマグロでいいことにする。
それできっとイメージが実現して、僕は高級なマグロを食べるようになる。
ザリガニを見たときは、自分なりのロブスターをイメージする。
2016年6月3日金曜日
よけいな音が聞こえると、うっとおしい
うっとおしいものは色々とあるけど、よけいな音というのは、なかなかうっとおしいのではと思う。
近くで鳴いてるカラスとか、寝ようと思っているときにうっすらと聞こえる機械の音とか。
電子レンジで食べ物を温めているときに軽くブーブーと音がする。
これはがんばって温めてくれてるんだから、しょうがないなと納得できる音。
たまに、温めが終わってもまだブーブー言ってることもある。
これはウチの電子レンジだけなんだろうか。
勢いがついちゃってすぐに止まることができずに、一杯一杯な感じがする。
温めが終わったのにそのままほったらかしにしてると、ピッピッという音もする。
これはとり忘れを防ぐように教えてくれてる音。
終わったのにブーブー言ってるのとはちがって、狙ってついてる機能なんだけど、ちょっとうっとおしい。
勢いがとまらずにブーブー言ってるときでも、中身をとらないとピッピッと鳴って教えてくれる。
自分が一杯一杯の苦しい状態なのに、ひとのことを気にしてる。
親切な、いい奴なのかもしれない。
でもうっとおしい。
2016年6月2日木曜日
鍛冶職人・池上喜幸さんの言う、仕事より前のポイント
仕事をするために必要なものは、色々あるかと思います。
すごく大前提としては、まず、体が必要ですね。
とくに脳は大切なことまちがいなしですけど、作業によっては手とか指が重要かと思われます。
脳にしろ手にしろ、仕事をすることで訓練されていくように思っていたんですけど、もしかしたらちがうのかもと考えさせられる意見を聞きました。
NHK BSプレミアムの「TOKYOディープ」という番組で、月島の特集をしていました。
もんじゃなんかも紹介されていたなかで、ひとりの鍛冶屋さんが登場しました。
池上喜幸さんという鍛冶職人で、ノミやカンナなどをつくっているひとだそうです。
進行役だった安藤玉恵さんが池上さんの手に触れていたんですけど、「フニフニしてる」とか言っておどろいている様子。
安藤さんは、手が堅いはずと思っていたようです。
それについて池上さんは、堅い手ではデリケートな仕事はできないから、堅くならないように力を抜くことを考えながら作業していると言っていました。
さらに、
「体をつくってから初めて品物ができてくる。体がちゃんとできてないで、丁寧な、繊細な、きれいな仕事をしようたって、それは無理です」
と池上さん。
短い場面だったのでくわしいことまで分からなかったんですけど、仕事で成果を出すより、堅くならない手にすることのほうが先だと。
そういうふうにも受け取れる言葉でした。
職人さんでないとしても、何かをつくり出そうとするときの準備というか、考え方というか、とても参考になるものと思えます。
2016年6月1日水曜日
セミとキーボード
あたたかくなってきて、もう少ししたらセミが泣いてうるさくなると思うと、うっとおしい。
でも土の中に何年もいて、やっと地上に出たら1週間ぐらいしか生きられないと考えると、うるさいのもガマンしてあげようとか思う。
前にソフトバンクでケータイを買ったら、たのんでもいないのに「しゃべって歩くお父さん」みたいなものが届いた。
捨てようと思いながら、ずっと部屋に置きっぱなしになっていた。
箱も開けてなかったので何なのかも分からなかったんだけど、1年ぐらいたってから開けたら犬のオモチャだった。
開けてすぐ捨てた。
犬のオモチャなのに、運命はセミみたいだなとか思った。
トーストを焼くと、部屋にもってきて机で食べる。
下にPCのキーボードがあって、そこにトーストのカスが落ちる。
小さいカスはキーのすき間に入って取れなくなる。
カスやホコリが、かなりたまっている。
そうじしなくちゃと思うんだけど、何年もしていない。
キーをはずすのは手間だけど、きっと始めちゃえば、すぐに終わると思う。
セミの命よりよっぽど短い時間で終わるはずなのに、グズグズしてる期間がやたら長い。
セミが鳴き始める前にそうじしたいなとか思いながら、僕はキーのスキマを見つめている。
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